ただいまのご賛同者数。 [最新情報]

「中村彝(つね)アトリエ保存会」へご賛同いただき、ありがとうございます。
現在の署名数を、ご報告いたします。下落合の喫茶店に置かせていただきました署名用紙に、つづけてご署名をいただきました。「アトリエ保存会」では、ひきつづき彝アトリエの保存が少しでも早く実現できるよう、所有者の方および新宿区へ働きかけてまいります。より多くの方々の、ご賛同が得られればと存じます。
現在のご賛同者数は・・・
3,422名
となっています。なお、ご賛同いただきました署名は、「保存会」より新宿区およびアトリエ所有者の方へ随時おとどけいたします。よろしくお願い申し上げます。
※写真は降雪のあとの中村彝アトリエ。
曾宮一念『裾野』(四季書房/1948年) [中村彝を知るための45冊]

おもに戦前戦中を通じて書きためておいた曾宮一念のエッセイを集め、戦後すぐの1948年(昭和23)に四季書房から出版された画文集『裾野』です。本書では、巻末に近い「故友を思ふ」の章に中村彝についての想い出が多く登場しています。彝のパトロンのひとりであった今村繁三が、大正初期に開催した「牛鍋会」で曾宮と彝は初めて出会いますが、ここでは曾宮から見た彝の性格や精神生活の推移・変化について、それらエピソードとともに触れられています。のちに、彝自身が自分の性格について鼻っぱしが強く傲慢だったと周囲の友人へ述懐していますが、結核の病状が進むにつれて性格が少しずつ穏やかになり、謙虚な姿勢が増していったことが、もっとも身近にいた友人のひとりである曾宮の証言によって語られていきます。
本書は、東京国立近代美術館のライブラリーにも収蔵されてはおらず、自治体の図書館などにも所蔵されているケースは稀です。大きな図書館では、国立国会図書館に2冊、東京都立中央図書館に1冊が収蔵されています。なお、古書店では流通しているのを見かけますが、他の曾宮一念の著作に比べて数が少ないものか、多くは残っていないようです。
※写真は、曾宮一念『裾野』(四季書房)の表紙と下落合のアトリエ前に立つ曾宮一念。
ただいまのご賛同者数。 [最新情報]

「中村彝(つね)アトリエ保存会」へご賛同いただき、ありがとうございます。
現在の署名数を、ご報告いたします。新潟県や長野県など、再びまとまったご署名が「アトリエ保存会」へ寄せられています。今年3月27日~5月9日に新宿歴史博物館で開催予定の「佐伯祐三」展では、周辺に住んだ画家のひとりとして中村彝が取り上げられ、下落合のアトリエとともにクローズアップされる予定となっています。「アトリエ保存会」では、ひきつづき彝アトリエの保存が少しでも早く実現できるよう、所有者の方および新宿区へ働きかけてまいります。より多くの方々の、ご賛同が得られればと存じます。
現在のご賛同者数は・・・
3,419名
となっています。なお、ご賛同いただきました署名は、「保存会」より新宿区およびアトリエ所有者の方へ随時おとどけいたします。よろしくお願い申し上げます。
※写真は、1980年代に撮影された中村彝アトリエの天窓。
運営活動資金のご報告。(12月期) [最新情報]

彜アトリエの保存へご賛同いただくみなさまから、「中村彝アトリエ保存会」の運営活動費としまして、郵便口座や事務局へご寄付をいただいております。「保存会」一同、改めて心よりお礼申し上げます。昨年12月末現在の運営活動費は、11月末と変らず、ご寄付額および支出面での増減はありません。
●総収入:424,071円
●総支出:167,792円
差引金額:256,279円
「保存会」ではご賛同いただけるみなさまへ、その活動が持続できるよう運営活動費のご寄付をお願いしております。趣旨にご賛同いただき、運営活動費へのご支援・ご協力をいただける方がいらっしゃいましたら、当該の郵便口座あてにお振り込みをいただければ幸いです。
中村彝アトリエを、末長く後世へと保存できるよう、「保存会」活動へのみなさまのご理解、そしてご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げるしだいです。
※ご署名いただいた方から、手作りの中村彝フィギュアをお送りいただきました。胸に「中村彝アトリエ保存会」のネームと、『落合のアトリエ』(1916年)の赤い屋根がプリントされたTシャツを着ています。そして、手には小さなペンと署名用紙Click!を持って、アトリエ保存へのアピールをしています。
曾宮一念『榛の畦みち・海辺の熔岩』(講談社/1995年) [中村彝を知るための45冊]

本書は、曾宮一念が1955年(昭和30)に出版したエッセイ集『榛(はん)の畦みち』(四季社)と、1958年(昭和33)に出版した同集『海辺の熔岩』(創文社)とを合体し、講談社が1995年(平成7)に講談社文庫へ収めた作品です。同書では、「中村彝回想」と題する項目(「海辺の熔岩」内)で、さまざまなエピソードが語られているばかりでなく、彝が『海辺の村(白壁の家)』を制作した房総・布良(めら)の描画ポイントを8mmカメラ片手に訪れたり、同じく房総で制作していた青木繁の表現と彝の仕事を対比させて美術論を試みたりと、彝に関する情報が盛りだくさんな内容となっています。描かれた中村彝の様子は、日々もっとも身近に接し、彝自身も気を許して何でも打ち明けていたらしい曾宮一念でしか証言しえないものも含まれており、たいへん貴重な記録となっています。なお、『榛の畦みち』(四季社/1955年)と『海辺の熔岩』(創文社/1958年)の原本では、エッセイの合い間に曾宮一念の挿画がほどこされていますが、講談社の文庫本版ではそのすべてが省かれており見ることができません。
現在、講談社文庫の同書はすでに絶版となっているようですが、古書店ではかなり数多く流通していて入手も容易なようです。また、図書館などでも収蔵しているところが多そうです。1950年代に出版された原本の2冊は、古書店でも流通していますが比較的高価です。大きめな図書館や美術館のライブラリーなどにも収蔵されていますが、館外持ち出し禁止の館内閲覧のみに限られているところが大半です。
小島善太郎『若き日の自画像』(雪華社/1968年) [中村彝を知るための45冊]

1968年(昭和43)に雪華社から出版された、小島善太郎の自叙伝『若き日の自画像』です。画家への道を歩みながら、他の画家たちには見られない過酷な経験をしてきた小島善太郎ですが、本書は淀橋に生まれ育ってから、醤油屋への丁稚奉公時代、両親と妹を相次いで亡くした下落合時代を経て、大久保の中村覚陸軍大将邸へ書生に入るまでの、波乱に満ちた青春時代が描かれています。本書では、通っていた太平洋画会研究所で中村彝を見かけ、彝が研究所でデッサンをする様子を詳細に書きとめています。また、小島は新宿駅東口にあった新宿中村屋の「碌山館」を頻繁に訪ねており、当時は柳敬助が住んでいた店舗裏のアトリエも訪問しています。相馬夫妻と懇意になったのをはじめ、そこでも小島は高村光太郎らとともに、中村彝に出会っています。彝に関する記述はほんの一部にすぎませんが、のちに里見勝蔵や前田寛治、佐伯祐三らとともに1930年協会で活躍する小島の目から見た彝の様子が新鮮です。
古書店ではよく流通しているのを見かけますので、本書の入手は比較的容易です。図書館や美術館のライブラリーでも、収蔵しているところが多いようですが、雪華社の普及版ではなく豪華版の場合は、館外への持ち出しが禁止されているところもあるようです。
※写真は、小島善太郎『若き日の自画像』(豪華版)の表紙。
ただいまのご賛同者数。 [最新情報]

「中村彝(つね)アトリエ保存会」へご賛同いただき、ありがとうございます。
現在の署名数を、ご報告いたします。再び地元の下落合からのまとまったご署名により、署名簿の総数が増えています。佐伯祐三のアトリエが整備されるにつれ、中村彝アトリエの保存を懸念されている方が増えているものと思われます。「アトリエ保存会」では、ひきつづき彝アトリエの保存が少しでも早く実現できるよう、所有者の方および新宿区へ働きかけてまいります。より多くの方々の、ご賛同が得られればと存じます。
現在のご賛同者数は・・・
3,401名
となっています。なお、ご賛同いただきました署名は、「保存会」より新宿区およびアトリエ所有者の方へ随時おとどけいたします。よろしくお願い申し上げます。
※もうすぐ12月24日がめぐってきますが、1924年(大正13)に亡くなった中村彝の85回目の命日です。写真は、臨終の彜を描いた遠山五郎『デスマスク』。
運営活動資金のご報告。(11月期) [最新情報]

彜アトリエの保存へご賛同いただくみなさまから、「中村彝アトリエ保存会」の運営活動費としまして、郵便口座や事務局へご寄付をいただいております。「保存会」一同、改めて心よりお礼申し上げます。11月末現在の運営活動費はご寄付があり増えていますが、支出面での通信費や郵送費、用紙代などの発生で残額は先月に比べて微減しています。
●総収入:424,071円
●総支出:167,792円
差引金額:256,279円
「保存会」ではご賛同いただけるみなさまへ、その活動が持続できるよう運営活動費のご寄付をお願いしております。趣旨にご賛同いただき、運営活動費へのご支援・ご協力をいただける方がいらっしゃいましたら、当該の郵便口座あてにお振り込みをいただければ幸いです。
中村彝アトリエを、末長く後世へと保存できるよう、「保存会」活動へのみなさまのご理解、そしてご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げるしだいです。
※写真は、1980年代に撮影された雨上がりの中村彝アトリエ。
ただいまのご賛同者数。 [最新情報]

「中村彝(つね)アトリエ保存会」へご賛同いただき、ありがとうございます。
現在の署名数を、ご報告いたします。新宿区内からのご署名により微増しています。下落合の佐伯祐三アトリエでは、来年の4月28日(予定)の内部公開に備えてリフォームClick!が進んでいます。彝アトリエも、同様に新宿区の文化財として末永く保存できればと考えています。「アトリエ保存会」では、ひきつづき彝アトリエの保存が少しでも早く実現できるよう、所有者の方および新宿区へ働きかけてまいります。より多くの方々の、ご賛同が得られればと存じます。
現在のご賛同者数は・・・
3,394名
となっています。なお、ご賛同いただきました署名は、「保存会」より新宿区およびアトリエ所有者の方へ随時おとどけいたします。よろしくお願い申し上げます。
※写真は、保田龍門らによって取られた中村彝のデスマスク原型(1924年12月25日)です。1988年に、茨城県の中村家本家の土蔵から発見されました。
ただいまのご賛同者数。 [最新情報]

「中村彝(つね)アトリエ保存会」へご賛同いただき、ありがとうございます。
現在の署名数を、ご報告いたします。地元の下落合からの署名により微増しています。このところ、下落合にお住まいの方から署名用紙を送ってくださいというご連絡が、事務局にとどいています。なかなか保存が進展しないことに、しびれを切らされている方も多そうです。「アトリエ保存会」では、ひきつづき彝アトリエの保存が少しでも早く実現できるよう、所有者の方および新宿区へ働きかけてまいります。より多くの方々の、ご賛同が得られればと存じます。
現在のご賛同者数は・・・
3,393名
となっています。なお、ご賛同いただきました署名は、「保存会」より新宿区およびアトリエ所有者の方へ随時おとどけいたします。よろしくお願い申し上げます。
※写真は、中村彝アトリエの庭先で椿が植わっていたあたりの現状。








